TPP 黒い条約

TPP 黒い条約 (集英社新書)

TPP 黒い条約 (集英社新書)

「TPP亡国論」の著者である中野剛志氏による編著本。中野氏を始めとした7人の著者によるTPP論がまとめられている。


中野氏による序文「序にかえて」では、TPP賛成論者の「歪んだ論の進め方」を指摘し、それは日本人の似而非近代性にもとづくと断定する。それに抗するには「我々が”ひとりひとりのみちしかないといふことに気づく”」ことが必要だと説く。
しかし、アベノミクス(笑)で日本国民一人一人が幸せになれるなどと勘違いさせられているような市井の人々が、その境地まで辿り着くにはまさに千里の道が必要であり、その困難さを思うと目の前が真っ暗になってしまう。
中野氏も思わず「『TPP亡国論』と同様に、本書もまた、TPP参加へと向かう動きを止めるには無力であるかもしれない。」と弱音を吐いてしまっている。それでも、本書によって「ひとりひとりの道しかないといふことに気づく」ことを願っており、それは私も同感である。


本文は以下の六章で構成されている。
第一章 世界の構造変化とアメリカの新たな戦略 中野剛志氏
第二章 米国主導の「日本改造計画」四半世紀 関岡英之
第三章 国家主権を脅かすISD条項の恐怖 岩月浩二氏
第四章 TPPは金融サービスが「本丸」だ 東谷暁
第五章 TPPで犠牲になる日本の医療 村上正泰氏
第六章 日本の良さと強みを破壊するTPP 施光恒氏
この中で、特に気になった第一章と第三章についてすこし取り上げたい。


第一章 世界の構造変化とアメリカの新たな戦略
アメリカの「国家情報会議(大統領のために世界の情勢についての中長期的な分析や予測を行う諮問機関)」が2012年12月に公表したレポート「グローバル・トレンド2030」に次のような一節がある。
「現在の状況は一八一五年、一九一九年、一九四五年、一九八九年のような、先行きが不透明で、世界が変わってしまう可能性に直面していた歴史的転換点を想起させる」
1945年から1989年は言わずと知れた冷戦期で、なおかつ日本が戦後の焼け野原から奇跡の復興を遂げた期間でもある。かつての日本が、朝鮮半島を併合し経済発展させて敵性国家の橋頭堡となるのを防いだのと同様、日本を防共防波堤として利用しようとしたアメリカの庇護によって実現した脅威の経済発展。しかし、冷戦が終結し、日米同盟は対ソ封じ込めから対日封じ込めと性質が変化する。
一方アメリカ経済は新自由主義のもと金融市場の自由化やグローバル化を推し進め、その結果として国内の産業空洞化と中間層の没落、所得格差の拡大といった現象に見舞われた。
そして現在起こっている歴史的転換とは中国の台頭である。パックス・アメリカーナの時代が終わり、アメリカの地位が諸大国のうちの「同輩中の主席」に後退するなか、アメリカにとっての重要課題として「自国の国力(特に経済力)を強化すること」と「中国との協力関係の深化」が提言されている。
今後、オバマ大統領の政策は上記の2点を目指して実施されるであろう。TPPも当然その一環であり、単なるお気楽な自由貿易の為の協定などではなく、アメリカによる海外市場の収奪を目的とした近隣窮乏化成策のための手段である。そしてそのターゲットは、TPP参加国(予定も含む)中最大の市場規模を持つ日本である。
日本政府がアメリカで何を約束してきたか。2013年4月12日の日米事前協議において、日本側は現在のTPP校章参加国がすでに交渉した基準を受け入れることを約束させられ、更にTPP交渉と平行して、日米間で非関税障壁を協議する場を設けることにも合意させられている。そして、この協議でアメリカの要望を受け入れ、国内制度を改廃した場合、それは法的拘束力を持つ。その国内制度の改廃が日本国民に大きな不利益をもたらすものとなっても、アメリカの同意なしには是正できなくなる。
一方でオバマ政権は中国との共存を模索する。TPPは中国封じ込めなどというのは一部の痴的日本人の妄言であり、USTR(アメリカ合衆国通商代表部)次席代表が「TPPは中国に対しても開かれており、中国を牽制する意図はない」と明言している。
この点に関して、中野氏は興味深いエピソードを紹介してくれる。
オバマ大統領の2013年の一般教書演説には「キャタピラー社は日本から仕事を取り戻した。」という一節がある。実は演説の原稿にはこの続きが存在しており「これまで中国など他国に工場を設置してきたインテルは、国内に最先端の工場を開設している」となっていたが、中国を刺激しないようにという配慮から、演説よりこの一文を削除したのである。一方、同盟国であるはずの日本に対してはその配慮がなされなかった。バラクフセインオバマ政権が推進するTPPが日本の国益に叶う内容になるはずが万に一つもないと伺えるエピソードである。
更にTPPの悲劇的な点は、アメリカの雇用を増やし、アメリカの経済力を回復させることにも失敗するという予測である。アメリカがTPPにおいて目指しているのは、農業分野とサービス分野の輸出であるが、どちらも雇用吸収力が低く、恩恵を被るのは一部の資本家と高学歴者だけであって、一般国民を豊かにすることはないというのだ。


第三章 国家主権を脅かすISD条項の恐怖
ISD条項とは何か。貿易協定の中で、外国投資家と国家の紛争をどう解決するかについて定める条文のことである。ある国が貿易協定の投資に関する規定に反して自国の法律の制定・改正や規制を設けるなどして、その国に投資していた外国企業が損害を被った場合、その企業が相手国に対して国際裁判を起こし、賠償を求めることができるようにするものである。
この条項が如何に異常な制度か、岩月氏は領土問題を引き合いに出して説明する。日本が竹島の領有権を主張して、国際司法裁判所に提訴すると言っても、韓国は「領土問題は存在しない」として、裁判には応じない。尖閣諸島についてもしかり。
しかし、ISD条項にもとづけば、外国の一民間企業や個人投資家が、一方的に相手国政府を国際裁判に引き出すことができる。国家にさえ認められていない、相手国を強制的に国際裁判に引き出す権利を外国投資家に認めるという異常な制度なのである。
そして、提訴の理由にできる範囲の幅広さも問題である。食品添加物の規制や残留農薬の規制など、国家が国民の生活や健康を守るために行っている規制も、「(外国投資家にとって)不当に損害を強いられた」となれば提訴の対象になる。国民の健康よりも外国投資家の利益の方が優先するといったことがまかり通るようになるのがTPP、そしてISD条項なのである。こんな事を許して良いのだろうか。


この他の章も、TPPの危うさを存分に説いている。是非多くの人に手にとって貰いたい。


一部の人間だけが利益を得、多くの人が財産や雇用や生活を収奪されるTPP。折しもまもなく参院選である。どの政党が政治を付託するに値するか、ひとりひとりがよく考え、如何に自らの一票を行使すべきか深く考えるべきだろう。