銀翼、南へ北へ−軍航空の多彩な舞台

渡辺洋二氏の新刊…ではなく、去年の9月に発売していた短編集。前12編中、日本陸海軍に関するものが10編、米軍に関するものが2編である。


・南東方面の空の消耗戦
ラバウル航空隊で有名なソロモン諸島の航空戦。太平洋戦争中、最も激しく、そして長かった航空戦で苦闘する海軍航空隊の姿を描き出す。
読んでいて恐ろしくなるのは、7人乗りの一式陸攻がバッタバッタと落とされてゆく様子である。米軍のF4Fワイルドキャットは、零戦に目もくれずズーム&ダイブ戦法で一式陸攻を次々に叩き落としていく。一方、零戦打たれ弱い一式陸攻を守り切ることが出来ない。
爆撃機こそが打撃力の中核であり、爆撃機を失ってしまえば戦闘機など単なる遊覧飛行機に成り下がってしまう。前線の隊員達の多大な敢闘と出血にもかかわらず、ついに日本軍はソロモン諸島から駆逐されるのであった。


・零観で飛んだソロモンの空
運動性に優れ、米軍の戦闘機とも渡り合えると何故か信じられていた零式観測機のパイロットに対するインタビュー。実態は、艦爆は喰えても戦闘機には歯が立たないといったところか。このパイロット自身も、戦闘機に追われて回避機動中に機体が空中分解するという目に遭っている。P-38やF4Uは速いだけなので落とせるかどうか分からないけど落とされない、F4Fは運動性がいいので強敵である、との事。


・語られざる兵器学生
海軍機に乗るのが搭乗員、エンジンや機体を保全するのが整備員、そして火器や照準器、無線機などを扱うのが兵器員である。しかし、日本陸海軍はどういう訳か兵器員の養成がおざなりであり、常に充足率が低かった。
戦闘機や爆撃機は、極論を言えば機銃や爆弾を運ぶプラットフォームに過ぎない。ある意味、軍用機としての機能の中核をなす機銃や爆弾を扱う要員が足りないことを問題視し、対策に乗り出したのが太平洋戦争もたけなわな昭和18年6月…そら戦争に負けるわな。


・難敵を追う九州、四国沖の航空戦
「特攻が敵空母に一矢を報いた」という副題が付けられているが、これは皮肉なのだろうか。空母「ワスプ」及び「フランクリン」に打撃を与えたのは、「彗星」が普通に投弾した爆弾によるものである。一方、ロケット特攻機「桜花」は母機の一式陸攻もろとも全滅の憂き目に遭う。
結果が全てでは無いが、結果は重要である。神雷攻撃(桜花による特攻)を命じた上官は、無能のそしりを受けても仕方ないだろう。


・緑十字機を追ったのか?
終戦後、降伏条件遂行の代表者を派遣するために行われた緑十字飛行。それに使われる緑十字機を、厚木の三○二空に所属していた森岡大尉が撃墜するため追跡したと書かれている本があり、その記述に関する真偽を確かめるべく関係者に取材を行う。結果としてそんな事実は無かったことが分かる。
「創作が命の小説家は、ノンフィクション仕立ての物語を、どちらかと言えば書くべきではなかろう。(中略)あとがきに「小説」と記してくれさえすれば……いや、それでも実名を出されて困惑する方々は多いに違いない。」
創作エピソードをふんだんに入れた作品に、実在の人物を実名のまま出してしまった某氏にも読ませてやりたい一文である。


・「ワイルドキャット」の真価をさぐる
零戦に対して優位に立っていたのはF6Fヘルキャットからであり、F4Fワイルドキャットは零戦に勝てなかったというのが日本人軍ヲタの一般認識らしいが、実はF4Fは強かったんだよ…というのを記録から解き明かしていく一遍。
デブで愛嬌のあるスタイルが魅力のワイルドキャット。カタログスペックでは零戦に劣っても、撃たれ強くて乱暴な操作にも耐える頑丈な機体、そして「サッチ・ウィーブ」に代表される優れた戦術によって高いキルレシオを達成し、最終的には太平洋の空を制することになった。


空戦史が好きな人なら興味を惹かれる内容が盛り沢山。お薦めです。