彗星夜襲隊 〜特攻拒否の異色集団〜

彗星夜襲隊―特攻拒否の異色集団 (光人社NF文庫)

彗星夜襲隊―特攻拒否の異色集団 (光人社NF文庫)

渡辺洋二氏渾身の一作。特攻命令を拒否した美濃部正少佐と、彼率いる夜間攻撃部隊「芙蓉部隊」について書かれた本である。


美濃部少佐率いる芙蓉部隊は、特攻を拒否しながら通常攻撃で戦果を上げていく。その活躍は、単なる戦記ではなくもはや英雄譚とでも呼ぶべきである。そこにあるのは、故国を護る軍人精神が極限まで昇華する様子である。


この本は読み所満載なのだが、その中でもハイライトは二ヶ所有ると思う。


一ヶ所は、第三航空艦隊司令部が開催した沖縄戦に対する研究会(実質はほぼ全ての航空機を特攻に振り向けるという方針の念押し)の席で、練習機まで特攻にかり出すという参謀の言葉に対し、居並ぶ幹部の中、末席の美濃部少佐が特攻作戦に異を唱える場面。抗命罪にもつながりかねない場面だが「隊員に納得のいく死に方を選ばせてやりたい」との思いが少佐を突き動かす。

「ここに居あわす方々は指揮官、幕僚であって、みずから突入する人がいません。必死尽忠と言葉は勇ましいことをおっしゃるが、敵の弾幕をどれだけくぐったというのです?失礼ながら私は、回数だけでも皆さんの誰よりも多く突入してきました。今の戦局に、あなた方指揮官みずからが死を賭しておいでなのか!?」(106頁28行〜107頁2行)
「劣速の練習機が昼間に何千機進撃しようとも、グラマンにかかってはバッタのごとく落とされます。二〇〇〇機の練習機を特攻に狩り出す前に、赤トンボ(注:九三式中間練習機)まで出して成算があるというのなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦一機で全部、撃ち落としてみせます!」(107頁25行〜28行)

…今の会社でも上司に反論するのは生半可では行かない。しかも、美濃部少佐が反論している相手は軍の参謀であり、それはすなわち司令部自体に異を唱えていると同義である。文字通り命懸けの場面だ。この時の美濃部少佐の胸中を思うと胸が熱くなる。


もう一ヶ所は、美濃部少佐が米軍の本土上陸を目前として特攻を決意する場面。
「彼は〜中略〜最終出撃に加わる二四機分の編成表を作り上げた。搭乗割には主立った士官、准士官と、夜襲に熟練した下士官・兵搭乗員の名が書きこまれた。もちろん空中指揮は少佐自身がとるつもりだ。幹部と熟練者が出ればあとは勘弁してもらいたい、というのが彼の気持ちだった。」
「敵は上陸前に、かならず機動部隊の猛攻を加えてくる。まず、爆装の索敵攻撃隊を出して敵艦隊を捕捉する。その通報を受けてやはり爆装の攻撃隊が発進し、爆弾を海面でスキップさせて敵艦の舷側にぶつける肉薄の反跳爆撃を敢行したのち、全弾を撃ちつくして艦艇に突入。空母がいて甲板上に飛行機がならんでいれば、滑りこんで誘爆で破壊する、という作戦だ。」
「基地に残った地上員からも決死隊を選択し、穴を掘って爆弾とともに入る。敵の陸上部隊が迫ってきたら壊れ残った施設に火を放ち、敵を安心させて呼びこんだところで、穴の中の決死隊が各自、爆弾の信管を叩いて大爆発を起こし、戦車や歩兵をまきぞえにする。そのほかの大多数の若い隊員は、基地を離れて一般市民にまぎれこみ、自分で運命を切り開いていく。」(267頁2行〜26行より抜粋)
機体に爆弾をくくりつけてどか〜ん!では済まさない。肉体を、戦技を、そして魂の全てを敵に叩きつける、まさに美濃部流特攻作戦と言うべきすさまじさである。
後世において、美濃部少佐も特攻容認論者であるかのように言われることがあるので取り上げたが、これを見ていただければ美濃部少佐の「特攻作戦」と参謀本部が安直に推し進めた「特攻」とは次元が全く異なることがご理解頂けると思う。
「敵上陸のさいには軍人が国民の楯になる、その楯の最前方に、将官であれ佐官であれ、指揮官が立たねばならない−これが少佐の持論であり、結論だった。」(268頁8行〜10行)
…美濃部少佐が特攻作戦を想定していたのは、米軍が本土上陸を行うと思われる10月〜11月だったので、芙蓉部隊の特攻作戦は実行されずに終わる。


無能な為政者、増長する軍人、国民を煽る新聞、それに乗せられた愚かな国民達によって突入を余儀なくされた太平洋戦争。「狂気の戦争」が終わった記念日だからこそ、こういった本を改めて読みたいと思う。太平洋戦争を語る上で絶対に欠かせない名著だと思います。